ハイチ こんにちは!3章 「変化する人たち」
ハイチ こんにちは!
著者 イ·ハンソル
初版 2023年8月17日 3刷 2023年12月20日
夢も生活の場も失ったハイチの人々に
愛と希望を植え付けたイ·ハンソルの物語
3章ー1 ハイチの子供の夢
2010年1月12日に発生した規模7.0の強震はハイチの人々にとってまさに悪夢のような地震だった。 10年がはるかに過ぎた今でもハイチ人の心には地震に対するトラウマが強く残っている。地震よりも大きな問題は、地震によって人々が人生をあきらめたことだった。それでも貧困でほとんど一日一日難しく暮らす人たちが地震で家を失って家族を失った後、神様がハイチを呪って捨ててしまったと考えて、自暴自棄したまま過ごした。小さな女の子は小銭を稼ぐために体を売り、男の子はギャングに入ったり強盗をして生きた。両親を亡くした子どもたちは寄り添う場所がなく、間違った道を進んでいるが、どうやって戻らなければならないのか分からなかった。通りのあちこちには遊んでいる人々が数えきれないほどであり、焦点を失った瞳でぼんやりして虚空を見つめている彼らからはどんな希望も感じられなかった。
私たちの夫婦がハイチに到着したばかりで、一日は家の前に立って小学校の高学年ごろになって見える子供が、自分の小柄より大きいリアカーに水を積んで汗をかき混ぜながら力強く行っていた。未舗装の道路もほこりがいっぱいであるが、でこぼこ道をころばないように、あちこち力を入れて通り過ぎる子供が気の毒で、家族のために水を汲んで行くのが感心して水とお菓子を与えようと子供を呼んだ。
おとなしくしていたやつはお菓子を見たら、間違いなく子供の姿に戻った。どれくらいよろこんだか、しばらく日陰で子供とあれこれ話をやりとりして、ふと子供の夢が何なのか気になった。
「 おまえの夢は何?」
私の質問を聞いた子どもはしばらく考えて、私に聞いた。
「夢とは何ですか?」
私は子供がわかりやすく、後でどんな人になりたいか再度尋ねた。子供の答えは私の予想と完全に異なっていた。
「私は学校に行くのが夢です。学生になって制服を着て通いたいです」
子供の答えが私を恥ずかしくさせた。私は一度も学生になりたいという考えをしたことがなかった。学生は当たり前になるものだと思っていたので、一日も早く制服を脱ぎたいと思っただけだった。
ところが学生になるのがハイチにいる誰にとっても成し遂げたい夢だった。知ってみると、あいつは地震で両親を失い、隣の家に居候をして暮らしていた。一日中井戸から水を汲んで、掃除して洗濯する条件で、隣の家で食べさせてくれて寝かせてくれていた。学校に行くことはできないが、食事を提供されるだけでも自分は幸運だと思われ、子どもは一生懸命働いて過ごしていた。だがあの遠く井戸まで水を汲んでいく時は、同年の子供たちが制服を着て(ハイチでは幼稚園の時から制服を着る)学校に行く姿がうらやましかったのだ。
その子と出会った後、学校に行くことができず、教育を受けられない子供たちが私が思うよりも多いという事実を知った。その子供たちのために教育活動を始めた。毎週土曜日に無料アカデミーを開設し、学生に英語とスペイン語、テコンドーと音楽などを教えた。授業を終えれば学生たちを集めて私がみことばを伝えた。私たちが無料教育をしていると、学生は何百人も訪れてきました。
不思議なことは、最初は教育に関心を持ってきたが、福音を聞いてからはむしろ聖書の勉強時間を待つ学生たちがますます増えた。
2 変化する人
ひどい貧困と前に見えない絶望的な環境に閉じ込められている人々に、どんなことも心に休みと喜びを与えることができませんでしたが、福音が彼らの心に希望になった。福音の中で人々が変わることを無数に見ました。私は今、お父さんになったように、福音を伝える人生がどれほどやりがいがあり、価値があるかを少しずつ感じ始めました。
多くの青年たちが私に来て、自分たちの過ちを告白し、こうして悪い自己も変化することができるかと尋ねた。私は彼らの病気と苦しみを聞いて、「この人はいけない」とは思えませんでした。パウロが告白したように、神様の前で私は誰よりも悪い人であり、罪人の中で怪獣のような人生を送ったからです。そのような私を愛し、変えたイエス様は、彼らも必ず罪から救い出され、彼らの人生を変えられるという確信がありました。
それで、私はなぜ私が彷徨い罪に陥り、卑劣だった歳月が必要だったのか知りました。それは私のような人々に福音を伝えるようにすることが主の御心でした。どんな人が訪れても、私はイエス様の愛を伝え、私のような人を通しても変わる人々が一日一日増えました。